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 2013/03/07 配信

日本ホリスティックアカデミー・メールマガジン No.21

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「ヒプノの青い鳥---本来の自分を発見する癒しの旅へ」

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■トピックス

【1】ワイス博士の前世療法プロトレーニング(2013年7月 in New York)
【2】月例ヒプノセラピー勉強会(3月以降)の追加受付を開始
【3】「成功するセラピストが学ぶITの基本講座(2)」開催のお知らせ
【4】新講座「エリクソン催眠トレーニングコース」開設
【5】「アラスカの夏」(村井啓一)連載(9)
【6】メールマガジンの配信解除

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【1】ワイス博士の前世療法プロトレーニング(2013年7月 in New York)

ブライアン・ワイス博士の「前世療法プロフェッショナルトレーニングコース」が 2013年7月15日(月)~19日(金)の5日間で開催されます。すでにこの 7月の講習は満員となってキャンセル待ちの状態です。

今年は今現在で日本から当アカデミーの受講生をはじめ10~20名程度の日本人が 参加するものと思われます。このワイス博士の講座に参加される方は村井までお知らせください。なお、村井は ツアーを組むことはしていません。参加者は皆さん個人でオメガに申し込んで もらっています。村井はこの講習参加を毎回自費で行っており、参加者から参加 費用等を徴収することはありませんし、オメガから何の見返りももらっていません。例年、ワイス博士と奥様のキャロルは日本人グループと一緒に歓談する特別な時間を 設けてくれています。この講習は総勢125名程度の大人数が参加しますので、なか なかワイス博士夫妻と親しく話をしたり、2ショット写真やサインをもらう時間がとれ ないのですが、この歓談に参加することでそれが可能となります。また、例年ニューヨークのJFK国際空港からオメガまでと帰りのニューヨーク市内 までのチャーターバスの手配を村井個人がしています。日本からの参加者はこれを 利用してもらえますので、日本人でまとまってゆったりとした観光バスでオメガに行く ことができます。
今回はワイス博士から特別なご配慮をいただきましたので、参加の 皆さんには格安料金で往復のチャーターバスを利用していただけます。講座の最中は他の参加者の迷惑となりますので通訳をつけることはできませんが、 毎晩、日本人メンバーでどこかに集まってその日一日の振り返りを行います。村井が その日のワイス博士の講習の要点をブリーフィングしますので、英語が苦手な方も 大切な内容を逃すことはありません。ただし、このブリーフィングへの参加も強制 ではありません。自由参加ですので、出る必要を感じない方、出たくない方、何か 用事があって出れない場合は出る必要はありません。参加を知らせていただいた方には、このあと7月までの間に何度か、ワイス博士の 講習に参加するにあたっての注意事項や様々なご案内をお送りします。オメガの 宿泊施設に何を持参すべきか、ブックストアに何が売られているか、インターネット が使えるか、といった情報も提供します。

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【2】月例ヒプノセラピー勉強会(3月以降)の追加受付を開始

 ヒプノセラピー勉強会(3月~6月)は満員のため申し込み受付を締め切っていました が、参加を希望する声が多く寄せられましたので、この度、会場を広い場所に変更 いたしました。その結果、お受けできる人数が大幅に増えましたので、追加で、3月、 4月、5月、6月のヒプノセラピー勉強会の参加受付を行っています。単月参加、複数月 参加のどちらも可能です。

日本ホリスティックアカデミー本校か日本ホリスティックアカデミーの認定校で マスターコースかプロフェッショナルコース以上の講座を履修していれば参加資格 があります。3月以降のヒプノセラピー勉強会に参加を希望される方はinfo@www.jh-academy.comまで、 下記の必須事項を記入のうえメールでお申し込みください。折り返し、予約確認 メールで参加費の振込口座もしくはクレジットカード決済のURLをお知らせします。 <申し込みに必須の記入事項>
1.名前(漢字とフリガナ) 2.住所   3.電話番号 4.メールアドレス 
5.JHAでの履修内容 6.参加希望月 7.銀行振込/クレジットカード決済の選択<日程と各回のテーマ>
1月9日(水)(年齢退行療法) 会場:JHA五反田教室(終了しました。)
2月13日(水)(悲嘆療法)  会場:五反田文化センター(終了しました。)
3月13日(水)(前世療法)  会場:「ゆうぽうと」研修室(追加受付中)
4月10日(水)(エリクソン催眠)会場:「ゆうぽうと」研修室(追加受付中)
5月8日(水)(分身療法)    会場:「ゆうぽうと」研修室(追加受付中)
6月12日(水)(自己実現法) 会場:「ゆうぽうと」研修室(追加受付中)
 ※時間は午前10時30分~午後6時30分

 ※開催場所:「ゆうぽうと」(五反田)研修室「かたくり」(JR五反田駅徒歩5分)
    *住所:東京都品川区西五反田8-4-13 (TEL:03-3490-5111)
    *参考図:http://www.u-port.jp/access.html「ゆうぽうと」はJR五反田駅西口から徒歩約5分、東急池上線「大崎広小路駅」の すぐ前にある、ホテル・結婚式場・会議室・レストラン・フィットネスジムなどの 複合施設です。五反田駅改札を出て右に(西口へ)進みます。駅を出て左に行き、すぐ右に渡ります。 「ゆうぽうと商店街通り」をまっすぐ進み、山手通りの交差点に出ます。斜め左前方 のビルが「ゆうぽうと」です。「ゆうぽうと」の5階に研修室があります。

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【3】「成功するセラピストが学ぶITの基本講座(2)」開催のお知らせ

この情報化の進んだ不況の時代にセラピストとして生きていく上には最低限の ITの知識と技術・ノウハウを学ぶことが要求されます。

JHA(日本ホリスティックアカデミー)では、ITスペシャリストにITを教えるマスター プロフェッショナルとして活躍されている上原正吉氏を招いて、当アカデミーで マスターコース以上の講座を学ばれた受講生を対象とした、ITの連続講座を 開催しています。既に第一回目は、2013年2月3日(日)に、集客のためのブログ活用とSEO(検索 エンジン最適化)についての講座を行い、大好評のうちに終了しました。3月23日(土)に開催される第二回目の講座では、Facebook(フェイスブック)、 twitter(ツイッター)、Line(ライン)などの活用法について学びます。Facebook(フェイスブック)、twitter(ツイッター)、mixi(ミクシィ)、gree(グリー)、 Line(ライン)、Google+(グーグルプラス)、LinkedIn(リンクトイン)、などなど……。 これら「ソーシャルメディア」が話題に上ることが昨今、劇的に増えてきています。 プライベート用としてのみ使っていたり、ビジネスとは無関係と考えられている方も 多いですが、すでに様々な企業やサービス、行政にいたるまで、フェイスブックを 始めとするソーシャルメディアはPR活動や情報発信のために活用されています。 そのため、現在ではビジネスにおける売り上げと知名度アップのために、ソーシャル メディアは欠かせないツールとなっています。そこで本セミナーでは、「ソーシャルメディアとは何か?」という基本的な部分や、 その種類といった基礎知識から、「アカウントの登録方法」「基本の使用方法」 といった初歩的な操作法、さらに「活用法」までを徹底解説。「どんな情報を発信 したらいいの?」など、誰もが気になるQ&Aもついています。講 座 名:「成功するセラピストが学ぶべきITの基本講座(2)--ソーシャルメディアの 基本的活用方法」

講   師: 上原 正吉 先生 (株式会社アースリンクネットワーク代表)

開催日時: 2013年3月23日(土)13:00p.m.~18:00p.m.
会  場: JHA五反田(予定)
参 加 費: 5,000円(税込)
 参加を希望される方はinfo@www.jh-academy.comまで、下記の必須事項を記入のうえ メールでお申し込みください。折り返し、予約確認メールで参加費の振込口座もしくは クレジットカード決済のURLをお知らせしますので、期限までにお支払いください。
 <申し込みに必須の記入事項>
1.名前(漢字とフリガナ) 2.住所 3.電話番号 4.メールアドレス 

5.当アカデミーでの受講歴 6.銀行振込/クレジットカード決済の選択

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【4】新講座「エリクソン催眠トレーニングコース」開設

ミルトン・エリクソンは催眠の世界に一大変革をもたらした天才治療家です。 現代催眠の父として称えられ、20世紀の催眠療法に最も大きなインパクトを 与えた存在であることに異議を唱える人はいないでしょう。

エリクソンが臨床の現場で用いた療法は、アーネスト・ロッシ、ジェイ・ヘイリー、 シドニー・ローゼン、ジェフリー・ザイク、ウィリアム・オハンロンを始めとする 多くの心理療法家や催眠療法家によって研究されています。また、ジョン・グリンダーとリチャード・バンドラーはミルトン・モデルとして エリクソンの催眠療法を言語パターンと知覚パターンの観点から分析しており、 そこから数多くのNLPの技法が開発されています。当コース「エリクソン催眠トレーニングコース」(5日間)はミルトン・エリクソン 本人とロッシが作り上げたエリクソン催眠を学ぶためのテキスト、ジェフリー・ ザイクが編集したエリクソンの教育セミナーの記録、オハンロンの理論、グリンダー とバンドラーのエリクソン催眠分析をもととして、エリクソンの催眠・催眠療法を 基本からしっかりと学んでいき、エリクソンのビデオ/DVD等も活用しながら、 エリクソン催眠を正確に理解し、かつ日本語でエリクソン催眠を実践の場で活用 できる程度にまで学んでいくコースです。
<学べる内容>

ミルトン・エリクソンの人間像/エリクソン催眠の基本原則/自然主義/間接的と 指示的/反応性/エリクソンの利用(ユーティライゼーション)/現在・未来志向/ ペーシングとリーディング/催眠言語/表層構造と深層構造/直接暗示と間接 暗示/エリクソンの催眠誘導法/混乱法/解決志向と問題志向//自明の理の 利用/内的感覚へのシフト/含み法(インプリケーション)/メタファー/リフレーミン グとディフレーミング/埋め込み(散りばめ)法/多重レベルコミュニケーション/ エリクソンの催眠出産/エリクソンの年齢退行/等。
<実技演習>

ペーシングからリーディングへ/エリクソン催眠の言語パターン/エリクソンの 催眠誘導-腕浮揚法、腕硬直法、凝視法、握手法、「友達のジョン」法、混乱法、 サプライズ法、非言語法、会話法、「幼少期の学び」法/等。
*スケジュール

日程: 2013年6月28日(金)・29日(土)・30日(日)・7月1日(月)・2日(火)
※講習時間は10:00a.m.~18:30p.m.
講師 村井啓一(JHA代表・ABH/NGH/IHFマスターインストラクター) 
会場 当アカデミーの五反田教室で開催します。
受講料 ¥157,500 (税込)
※レッスン料、テキスト代、修了証代、消費税(¥7,500)を含みます。受講希望の方は、このページ(https://www.jh-academy.com/course/pro4.html)の 下段にある「受講お申し込みはこちら」をクリックして、「申し込みフォーム」 からお申し込みください。

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【5】「アラスカの夏」(9)  (村井啓一) 

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  ・これは村井がアラスカ大学大学院に留学していた1980年代の
   ある初夏にエスキモーのキャンプ地で過ごした体験を記したノン
   フィクションです。
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 〔3〕

 コバック河を二百キロほど東へ向かって遡ると、河が大きく二手に分かれる。 右の流れが本流のコバック河で、左の流れはアンブラー河と呼ばれている。
ちょうど、その二股になっている北側の河岸に、アンブラーという人口約二百人 の内陸エスキモーの村がある。

 アンブラーは一九五〇年代にできた新しい村だ。ここには新しい生活を求めて 付近の村から移ってきたエスキモーと少数の白人が共存している。 一九八一年の七月十日、私はこのアンブラーの学校で教師をしていたビート・ マクマナスを訪ねていた。ピートは四十を少し過ぎた白人で、妻のバーバラと アンブラーに暮らしていた。ピートは昔、日本に住んでいたことがあった。九州の ある大学で英語を教えていたのだ。ピートはその当時のことを振り返って、こう 語った。「日本人は親切だったよ。礼儀正しいしね。僕の教えていた大学の学長が今でも クリスマスには素敵なカードやプレゼントを贈ってくれるんだよ。あれからもう 十五年以上もたつのにね。一番思い出深いこと? そう、ある日ね、小さな女の子 が僕の目の前で車にひかれそうになったのを助けたことがあったんだ。新聞に写真 入りでのったりして、大変な騒ぎになったよ。それが一番強烈な印象として残って いる」 ピートは右目の下に五センチ位の長さの傷があり、眼光も鋭く、人を寄せつけ ないムードを持っている。だが、いったん話をしだすと、その顔つきに優しさが 漂ってくる。 私が右目の傷を気にしているのを察してか、ピートがその原因を教えてくれた。 「この傷は別にギャングの抗争とか切ったはったで出来たものじゃないんだよ。 我ながらすごみのある傷だとおもうのだが、何を隠そう実はこれは犬に引っ掻か れて出来た傷なんだ」 ピートは二十匹以上のエスキモー犬を飼っている。犬ぞり用のエスキモー犬だ。 ピートは何度か犬ぞりレースにも出場したことがある。数ある犬ぞりレースのなか でも最大のレース、アイディタロッド・レースに二度出走して、一度は十三着に 入賞した。(このレースでは二十着までが入賞とされる)
 「確か賞金を六百ドル位貰ったかな」
と笑って話してくれた。 アイディタロッドの犬ぞりレースはアンカレッジからアラスカ北西部のノームまで、 全長約千八百キロの雪に覆われた原野を極寒の三月に走るレースで、世界で最も 過酷なレースと呼ばれている。一九二五年ノームでジフテリアが流行った時、犬ぞり で走って血清を届けたマッシャー(犬ぞり使い)たちを記念して行われるように なったレースだ。 アラスカ山脈を越え、新雪や氷やはたまた土の露出したような様々な条件下の コースをマッシャー(犬ぞり使い)は二週間から三週間かけて野宿し、一日中が ほとんど闇のアラスカ原野を寒さと闘いながらひたすら犬を走らせる。孤独、そして 恐怖心との戦いでもある。 千八百キロと一口に言うが、これは日本の本州を北から南へ縦断してもまだあり 余る距離だ。 このレースに出場するために、マッシャーたちは日頃から犬の手入れや訓練に 余念がない。このレースに必要な食糧を調達したり、犬の足袋をぬったり、犬に 予防接種を受けさせたり、それはもう大変な労力と莫大な出費がかさむ。ましてや レース間際になると、出発地点のアンカレッジにまで犬やそりなどを運搬するのが また一苦労だ。このレースでは最低七匹以上の犬を使わなければならない。犬と 二三週間分の食料で小型飛行機一機では収まり切れない分量の荷物を運ばなければ ならない。それに、あらかじめ各中継地点に食料をデポしておく必要がある。 もし運良く一着になれば、一九八二年のレースでは二万四千ドル(約六百万円) の賞金を手にすることができる。二十着まで賞金がでるが、二十着の賞金額は 千ドルしかなく、これは参加料として各マッシャーが払う千四十九ドルよりも安い。  マッシャーたちは賞金が目当てではないのだ。たとえ一着になっても、二万四千 ドル位の金額なら、一年間のドッグ・フード、犬の手入れにかかる費用、レール 出場準備費等で軽く使い果たしてしまう。マッシャーたちは賞金ではない別の魅力 にとりつかれているのだ。 「その魅力とは、アドベンチャー・スピリット(冒険精神)を沸き立たせる厳しさ だろう」とピートがつぶやいた。犬ぞりレースは自分の体力と精神力の限界に、 自分が育て上げた犬たちと共に挑む極限のスポーツなのだ。 多くのマッシャーがレースの直後に、「もう、来年は出場しないだろう」と発言 する。しかし、ほとんどの、そう発言したマッシャーもまたレースの季節が近付いて くると、出場者のリストに名を連ねたくなるのだ。 ピートに訊いた。「日本人でもこのレースに出れますか?」
「誰でもでれるよ。実際、北欧とかオーストラリアからも出場者があるんだ。でも 入念な準備がなければ出ないほうがいいね。我々みたいな、アラスカのブッシュ・ カントリーに何年も住んでアラスカの冬を熟知しており、犬も生まれた時から自分 の手で育て上げて一匹一匹の性格や能力をつかんでいるマッシャーでも完走する のは難しいんだ。犬ぞりの扱い方にしても、例えばほとんど直角に近い峠をそりを 壊さないように下りようとするだろう、犬は犬でどんどん進もうとする。マッシャー は犬を押える。しかしそりと犬を同時に押さえられない、しかも自分の足場も不安定 だ。そりは転倒、犬も滑り十何頭かの犬を結びつけているロープがもつれる。  平坦なコースを走っていてもマッシャーは全ての犬の状態に気を配っていなければ ならない。チーチョコ(新参者)は自分が走っていると勘違いする。本当は犬が 走っているんだ。自分に気を遣うよりも、犬の健康状態や疲労度に注意しないと いけない。だから一頭一頭の犬の気持ちが読めないマッシャーは犬を酷使して、 途中で棄権するようになるんだ」 ピートの小屋の戸外便所の壁の表と裏には、ドッグ・フードの広告ビラや犬ぞり レースのポスターが所狭しと張りつけてある。しかし、ピートはもう犬ぞりレース には出場しない、と語った。 「犬ぞりレースは余りにも出費のかさむスポーツだから、家族や他のことを犠牲に しなければやってられない。しかし、僕は今までに好きなようにやらせて貰ったから、 もうレースには出ない。自分で好きなときに、あるいは必要なときに乗るくらいだな」  そして、私に向かって言った。
「今度、冬に来なさい。犬ぞりに乗せてあげるから」 しかし、それから二年後の春、ピートは犬たちとノームからアンブラーに帰る途中に 飛行機事故に遭い死亡した。それは、私がボブの所へ出掛ける二か月前のことだった。  私はピートの小屋の裏庭で一週間キャンプした後、コバック河を西へ約五十キロ 下った地点の、ハント川がコバック河に注ぎ込む河岸近くに住んでいるキャントナー と言う白人の一家族を訪ねていった。 ハント川とコバック河の交わる地点の北側に小高い丘がある。その丘にキャントナー 一家が一九六二年以来住み着いてきた。この丘の三十キロ四方に人家は一軒もなく、 周囲はツンドラの大平原とハンノキやトウヒの森によって囲まれている。 キャントナー家はハウイと妻のアーナ、そして二人の息子、十八歳のコールと一つ下 のセスの四人家族だ。キャントナー家では自分たちの家をイグルーと呼ぶ。イグルー とはイヌピアック・エスキモーの言葉で住居という意味だ。イヌピアック・エスキモーは グリーンランドからカナダ北岸、アラスカ北部から北西部に跨がって住んでいるエス キモーだ。 氷や雪のイグルーもあれば、流木と毛皮で作ったイグルーもある。そして、キャント ナー家のような土のイグルーもある。 ハウイたちは丘の頂上から少し下がった所に土を掘ってイグルーを作った。頂上 では風が強すぎるし、丘の麓では河が氾濫する恐れがある。見晴らしが利き、しかも 安全な場所を選び、ハウイたちはかなり急勾配の南向き斜面を水平に掘り進んで いった。そして、四畳半ほどの大きさの寝室二つと八畳間ほどの広さの居間を掘り、 ガラス窓を取り付け、頑丈なドアーをこしらえた。居間の下には梯子で上り下り できる食糧庫も堀った。 土のイグルーだと冬に暖かく、夏に涼しい、とハウイが教えてくれた。南向きの 斜面を掘ったのは日差しが良いからという理由だけではない。南向きの斜面だと、 土がパーマフロスト(永久凍土)でないので掘りやすいのだ。パーマフロストを掘る には土の上で火を焚いて解凍しながら数センチずつ掘っていく。一家四人が住める イグルーを掘るには何十年かかるか分らない。 ちょうど私が訪問した日は、キャントナー家がシソーリックへサーモン漁をしに 移動する前日だった。アーナが特に慌ただしく動き回っている。約一ヶ月間の四人分の 食糧や生活必需品を忘れることなくボートに積み込んでいく。 私はハウイに頼み、同行させてもらうことにした。その晩十二時頃に私は居間の 隅に寝袋をひろげて寝た。コールとセスも自分たちのベッドに入った。しかし、 ハウイとアーナは明け方近くまで忙しく準備をしていた。 翌朝は六時に起床した。朝はさすがに冷え込む。ウールの下着上下を着こんでいて、 下はジーパン、そして上はウールのスポーツ・シャツと厚手のセーターを着こんで いるのだが、寝袋からでると肌寒い。天気が良ければ朝の早いうちにシソーリックに 向かって出発する予定だが、昨夜からの霧がまだ晴れない。霧が晴れ次第に出発する ことにして、ひとまず朝食をとる。 朝食には私がフェアバンクスのスーパーで買ってきて土産として渡した食料の中から ベーコンと卵とパンがでた。アーナ以外皆食卓についた。ベーコンは一枚を三等分に 切ってあり、大皿にパンと一緒に盛ってあった。きっと皿に乗った食物を見た瞬間に 自分の割当を計算したのだろう、だれも人よりも多く食べようとしない。 八時頃に霧が晴れだした。今から出ても今日中にシソーリックに着けるかどうか 分からない。出発するか一日待つかをハウイがアーナと話し合う。そしてハウイが セスとコールに相談する。セスもコールも出発しようという意見だった。何とか今日中 にシソーリックに着けると考えているのだ。ハウイがまたアーナと話す。そして出発に 決まった。 昨夜のうちに用意した最後の荷物を、五十メートルほど下の船着き場のエンジン 付きボートに運び込んだ。途中で建設中のボートの側を通った。設計から製材、建造 にいたるまでのすべての工程を自分たちの手で進めてきたのだ。秋までには完成する 予定だ。 船着き場のボートも勿論キャントナー家で造った自家製である。全員が乗り込ん だ。タイガーというエスキモー犬も一行に加わった。タイガーは犬ぞりのリーダー犬だ。 そしてエンジンをスタートさせた。 コバック河の水深は浅く、所によってはボートのスクリューが河底に当たってしまう。 ハウイとアーナはこの河をもう十年近く上り下りしてきたので、難所をよく知っている。 コバック河流域の詳細な地図を見ながら下っているが、危険な地点には地図上に赤い マークが記されている。シソーリックまでは軽く三百キロもある。コバック河から ホーサム入江に出てしまえば危険は少ないのだが、入江に出るまでのコバック河全域 では座礁しやすく、下流のデルタ地帯では迷路のように支流が縦横に分かれている。 ボートはコバック河を下っていった。風はほとんどなく、時折、東から吹く微風に よってボートは至極なめらかに河面を滑るように進んでいく。昨日まで二日間降り 続いた雨のため少し増水しており、そのことがボートのスピードを速めていた。 また、河床にスクリューを打つ心配が減ったのでコースを選んでゆっくりと進ま なくてもよく、ボートはスピードを上げてぐんぐんと河を下っていった。 時折対岸に内陸エスキモーのフィッシュ・キャンプが見える。近くの村の住民が 夏の間そこに移り、一年分の魚を干したり燻製をつくったりする。まだこの時期、 人影は見えない。 南岸部が所々焼け野原となっている。森火事の跡だ。 五十メートルから広い所では百メートルほどの河幅をもつコバック河を快適に 下っていった。途中で森林限界線を越えたらしく、ツンドラの平原地帯に入った。 それと共に水路がクモの巣のように縦横無尽に枝分かれしてきた。一つの水路が 三つ四つに分路し、その一つを進むとまたすぐに路が分かれている。これは迷路だ。 昔から通い慣れた経験者でなければ、このデルタ地帯でうろうろと時間を費やして しまい、ガソリンを切らして遭難する羽目に陥る。 ハウイたちは、以前に無事に通った航路付近の河岸にある木々や地形の特徴 を記憶しており、その記憶の糸をほぐしながらゆっくりと進んでいく。セスとコールが 交替で舵を操り、ハウイとアーナが地図と記憶を頼りに指図を送る。途中で一度だけ 航路を取り違えたが、すぐに気づいて引き返し正しい路に戻った。そして、デルタ 地帯を無事に抜け、ホーサム入江に入るすぐ手前の河岸で休憩をとった。 ボートを岸辺に着け上陸したとたん、蚊の大群が襲いかかってきた。急いで蚊避け ネットをポケットから取り出し、頭からすっぽりと被った。ネットに何十匹もの蚊が へばりついてくる。野球帽のひさしのおかげで顔の前面はネットとの間にかなりの 空間があり、蚊に刺される心配はない。しかし耳とか首すじにはネットが触れており、 蚊もそのわずかなポイントを狙って攻撃してくる。中にはネットの上から野球帽、 さらに頭髪を通して頭部を刺してきたり、ジーパンとウールの下ばきを突き刺して くる強者の蚊もいる。 ハウイが携帯用ストーブでコーヒーをいれた。ハウイたちは蚊を気にかけていない ようだ。蚊避けネットなど使っていないし、手袋もしていない。よく見ていると、蚊も ハウイたちの顔の辺りを旋回していてたまに額にとまったりするが、刺そうとせずに すぐ飛び去ってしまう。 ハウイが言うには、永年に渡って蚊に刺されてきた皮膚には、蚊に対する免疫が 形成されるということだ。免疫のない私の皮膚は蚊の絶好の標的にされ、全身むず がゆい。 コーヒーを飲むにもミルクを垂らしたコーヒーにポツン、ポツンと蚊が飛び込んで くる。だから蚊を飲まないよう、絶えずカップの中を注視しながら、手袋を外した 指で蚊を拾いのけて飲んでいく。冷え切った体に熱いコーヒーがしみわたる。 コーヒーを飲んですぐに手袋をはめる。ためしに空中を両手で叩いてみる。厚手 のゴム手袋から何匹かがパラパラとこぼれ落ちた。両方の拳に残った蚊の数を数えて いく。大きな蚊だ。黒々としていて体長は一センチ以上ある。拳と目の間の空間に 黒いもやのようになって蚊が飛び回っている。六十匹ほど数えたが、じっとして いられなくなり中断してしまった。 再びボートに乗り込む。ボートに乗っていれば蚊に刺される心配はない。シソー リックはもうすぐだ。 その日の夕方にシソーリックに到着した。付近の地形を頼りに、自分たちの 残したテントの骨組みを捜しだした。さっそく、キャンプ地の掃除をする。十か月 もの間、風雪に曝されたテントの骨組を点検し、弱っている箇所を補強する。 雑草を引き抜いた後にキャンバス・テントを張っていく。 キャントナー家のキャンプはテントを二つ組み合わせたものだ。大きい方のテント の寸法はボブのテントと同じくらいだが、キャントナー家のテントには奥にもドアー をつけてあり、その向うのもう一つのテントとつなげてある。奥のテントはメイン・ テントの約半分の大きさで四人の寝室として使う。私は近くの砂地に自分のドーム・ テントを張った。 その翌日、私は初めてボブ・ユールに会った。
 ボブはキャントナー家が到着したことをCBラジオで知り、キャントナー家の キャンプへ立ち寄ったのだ。ボブのフィッシング・パートナーをしているキースも 一緒だった。キースはアンブラーに住んでおり、ハウイとアーナとはアラスカ大学 時代からの親友だ。 張ったばかりのテントのなかで、皆でコーヒーを飲んだ。その時にハウイがコバック 河を下っていたときに見た不可解な現象についてボブの意見を求めた。 その現象というのは、キャントナー家を出発して三十分もたった頃、河の南岸に 直径が三十センチほどのハンノキが河に沿って一列に並んで伸びていた。ところが 不思議なことに、この木の葉もすべて一様に黄色になっている。しかし、ハンノキの 幹や枝は全く変わった様子がないのだ。この一帯を除いて、他のハンノキの葉はまだ 緑一色である。ハウイたちはその原因をボート内で話し合ったが、結局わからず じまいだった。 ボブはそれを聞くと、すぐにこう言った。「付近に火事の跡はなかったかな」
 ハウイが、「あった」と答えると、
 「それは多分こうだろう。低灌木類が湿地帯に生えていると火事になっても なかなか燃え難い。燃えても完全に強火でパッと燃えないものだ。ゆっくりと 弱火でチラチラと燃え移っていく。その広がってゆく火がハンノキの根元近くまで きたが、ハンノキの幹に燃え移るほどの火力もなく、ハンノキの葉や枝に飛び 移るほどの勢いもないので、ハンノキは無傷で残ったのだろう。しかし、辺りから 生ずる熱気が長い間ハンノキを包みこんだために木の葉の色が急激に変化 したのだろうな」 ハウイは、なるほどとばかりに大きくうなずいた。私は自然の中で生きてきた ボブの洞察力に感服した。そして自分の無知を痛感した。ボブに比べ、私は この大自然の中では赤子のようなものだ。何を見ても新しく、分らないこと ばかりだ。 ボブは様々なことに精通していた。エスキモー社会に三十年以上住み着き、 エスキモーの生き方を自分の物としている。ボブはエスキモーの智慧と知識に 加えて、白人社会の文化にも造詣が深く、いつのまにかシソーリック一帯に 住むエスキモーたちと政府や州の役人、その他諸々の外部から訪れてくる 者たちとのパイプ役を頼まれるようになった。 ボブはやってくる者は誰も拒まない。助言を求められれば、知る限りの情報 を惜しみなく与えてやる。だが、決してボブは自分の考えを押しつけない。  そのやり方はエスキモーのものだ。二十歳代の早くからエスキモー社会に 溶け込み、三十年以上もその社会の中で学び培った生き方がボブに染み ついている。 白人社会出身のため白人社会や物質文明への憧れがなく、自給自足 経済に頼って生きてきた。そして、その点においてボブの生き方は他のエス キモーよりもっと伝統的なエスキモーの生き方に近いと言えるだろう。 キャントナーたちについても同じことがいえる。十五年以上も人里離れた 原野に住み続け、自給自足を原則とした狩猟中心の生活を送ってきた。 厳しい自然環境に適応していくために、ハウイとアーナはエスキモーの伝統的 な生き方を自分たちのものとしたのだ。   (つづく)──────────────────────────────────── 【6】メールマガジンの配信解除

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【発行者】日本ホリスティックアカデミー 代表 村井啓一
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